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大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)518号 判決

控訴人 被告 株式会社関口本店 代表者清算人 関口繁雄

訴訟代理人 横田長次郎 外二人

被控訴人 原告 関口ハナ

訴訟代理人 鈴木八郎 外一人

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、控訴人の申立

控訴代理人は、第一次的に、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の第三次の訴を却下する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、第二次的に、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の第三次請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二、被控訴人の申立

被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二、当事者の主張

一、控訴人の主張

左記のほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにその記載を引用する。

(一)  被控訴人の本件第三次の訴は、次の如き理由で不適法である。

昭和三二年七月七日午前一〇時、控訴会社の代表者清算人関口伊三郎の解任およびその後任清算人の選任を議事事項とする控訴会社の臨時株主総会が控訴会社において招集されたが、同総会は紛糾の末、外形上被控訴人を議長とする総会(以下甲総会と言う。)と関口繁雄を議長とする総会(以下乙総会と言う。)の二つに分れ、甲総会においては、右代表者清算人関口伊三郎を解任し、その後任に関口愛子を選任する旨の決議がなされたとなし、他方乙総会においては、右代表者清算人関口伊三郎の辞任を承認して解任を附議せず、その後任に関口繁雄を選任する旨の決議をなしたものであるが、翌八日甲総会の決議に基づいて、清算人関口愛子の選任登記がなされ、その結果乙総会の決議事項は登記されずに終つた。

そこで関口繁雄ほか二名は、控訴会社(代表者清算人関口愛子)を相手に、大阪地方裁判所に対し、甲総会の決議無効等の訴を提起したが、同訴は、被控訴人主張どおりの経過で右関口繁雄らの敗訴に確定した。

かような次第で、控訴会社を適正に代表し得る者は、登記簿上同会社の清算人として登記されている関口愛子唯一人にして、控訴会社の代表者としての登記もなく、その地位を第三者に対抗し得る術のない関口繁雄に、控訴会社の代表資格はないから、右の如き関口繁雄を控訴会社の代表者として提起された本件訴は、訴訟要件を欠く不適法な訴として却下を免れない。

(二)  控訴会社の株券は、遅くとも昭和三二年七月五日までに発行されているが、仮に右発行が訴外亡関口信一の関口伊三郎に対する株式の譲渡および右伊三郎から訴外関口キクエ外八名に対する株式の譲渡後であつたとしても、右各譲渡は株券の発行を停止条件としたものであるから、右の如く後日適法に株券が発行された以上、右株券の譲渡は有効である。

(三)  仮にそうでなく、関口伊三郎一人が株主であるとするならば、右伊三郎の議決権は、関口キクエによつて代理行使されたことになるところ、「株主の議決権代理行使の代理人は株主に限る。」旨の控訴会社の定款第二一条の定めは、商法第二三九条第三項の規定に違反し、無効であるから、関口キクエによる株主関口伊三郎の右議決権代理行使は、有効で、被控訴人主張の如きかしはない。けだし総会の決議方法、議決権の行使を定めた右法条は、株主の代理人による議決権行使の方法を全面的に認めていて、これは、定款の定めをもつてしても、はく奪したり、制限したり、することは許されないものと言うべきだからである。

(四)  仮に、以上の各主張が理由ないとしても、もともと控訴会社は、先代亡関口伊太郎の時代に、その家業たる精肉業の経営を名義上株式会社組織に改めただけのもので、株主の実権は、全て右伊太郎一人に帰属していたものを、その家督相続人たる関口伊三郎が右家業とともにこれを相続承継するに至つたもので、控訴会社の株式は、全て右伊三郎の実株であり、その余の株主は、いずれも所謂名義上の株主にすぎず、したがつて右の名義株主は、総会の出席権はあつても議決権はなく、控訴会社は、実質上右伊三郎の一人会社と言うべきであるから、本件決議は、右伊三郎一人の決議として有効と言うべく、この場合議決権代理行使の点は問題にならないから、被控訴人主張の如きかしはない。

二、被控訴人の主張

左記のほかは、原判決の事実摘示のとおりであるから、ここに、その記載を引用する。

(一)  控訴人が本案前の抗弁として主張している事実は、いずれもこれを認める。

しかし、株主総会決議取消の訴の対象となる決議は、その取消判決の確定するまでは、有効に存在するものであるから、被控訴人が本訴でその取消を求めている関口繁雄を控訴会社の清算人に選任する旨の乙総会の決議(被控訴人は、当初第一次請求として右決議の不存在、第二次請求として右決議の無効、第三次請求として右決議の取消を求めていたが、原審で第一、二次の各請求は棄却され、被控訴人は控訴していない。)は、まだ有効に存在するものと言うべく、また株式会社の清算人は、二人又はそれ以上存在することも可能であるから、本訴の如く関口繁雄の清算人選任決議の取消を求める訴においては、右関口繁雄を控訴会社の代表者とするのは当然であり、本訴に控訴人主張の如き訴訟要件の欠缺はない。

(二)  被控訴人は、控訴人主張の株券発行の事実を否認するものであるが、(原判決事実第二の一の(一〇)の主張参照)仮に控訴人主張の如く、控訴人の主張する株式の譲渡は株券の発行を停止条件とするものであり、その譲渡後適法に株券が発行されたものであるとしても、株券発行前の右譲渡が有効になるものではない。

(三)  株主の議決権代理行使の場合の代理人資格を定めた控訴会社の定款第二一条の規定は有効である。したがつて、仮に関口伊三郎一人だけが株主であつたとしても、株主に非ざる関口キクエによつて代理行使された右伊三郎の議決権の行使は、定款の規定に違反し、無効であつて、これによつてなされた総会決議は、その取消を免れない。

(四)  控訴会社の株式は、全て関口伊三郎の実株であり、その余の株主は、所謂名義株主にすぎない旨の控訴人主張事実は否認する。

しかし、仮に右主張が正しいとしても、本件係争の株主総会には、右伊三郎は出席せず、同人の議決権は株主に非ざる関口キクエによつて代理行使されたものであり、右代理行使は既述の如く控訴会社の定款第二一条の定めに違背しおるものと言うべきである。

第三、証拠関係

(一)  控訴代理人において、乙第一二号証の一ないし一五、第一三号証の一、二を提出し、証人関口昌三の証言および控訴会社代表者関口繁雄本人尋問の結果を各援用し、

(二)  被控訴代理人において、証人関口愛子の証言を援用し、乙第一二号証の一ないし一五の成立は否認、同第一三号証の一、二の成立は不知と述べ、

たほかは、全て原判決事実摘示のとおりであるから、ここにその記載を引用する。

理由

一、本案前の抗弁について

まず、控訴人の本案前の抗弁について検討するに、

(一)  昭和三二年七月七日午前一〇時、控訴人主張の如き控訴会社の臨時株主総会が控訴会社において招集されたこと、ところが右総会は、紛糾の末、外形上控訴人主張のような二つの総会に分れた形になり、甲総会においては、控訴会社の代表者清算人関口伊三郎の解任とその後任に関口愛子を選任する旨の決議がなされたとなし、他方乙総会においては、右代表者清算人関口伊三郎の辞任を承認して解任を附議せず、その後任として関口繁雄を選任する旨の決議をなしたものであるが、翌八日甲総会の決議に基づいて清算人関口愛子の選任登記がなされ、その結果乙総会の決議事項は登記されずに終つたものであること、そこで関口繁雄ほか二名は、控訴会社(代表者清算人関口愛子)を相手に控訴人主張の如き訴を提起したが、右訴はその主張どおりの経過で、提訴者たる右関口繁雄らの敗訴に確定したことは、当事者間に争いがない。

しかし、また被控訴人の本訴請求は、第一次請求として、関口繁雄を控訴会社の代表者たる清算人に選任する旨の右乙総会の決議の不存在を、第二次請求として右決議の無効を、第三次請求として右決議の取消を、それぞれ求めているものであるが、右第一、二次の各請求は、原審でいずれも棄却され、被控訴人の控訴がないまま、当審では右第三次請求たる右決議の取消請求のみが審理の対象になつているものであることも、本件記録上明らかである。

(二)  しかるに、商法第二四七条の株主総会決議取消の訴は、訴の提起あるいは右訴を認容する判決によつて当然に当該決議が無効となるものではなく、当該認容判決の確定をまつてはじめて遡及的に無効となるものであることは、断るまでもないところであるから、上記のように関口繁雄を控訴会社の代表者たる清算人に選任する旨の乙総会の決議の取消を求める被控訴人の第三次請求がいまだ当審に係属している以上、右乙総会の決議は、まだ有効に存在し、したがつて右関口繁雄は、控訴会社の代表者たる清算人としての地位、資格を有しおるものと言うべく、このことは、控訴会社の代表者関口伊三郎を解任し、その後任に関口愛子を選任する旨の上記甲総会の決議の無効確認等を求める控訴人主張の如き訴が、その主張のように、提訴者たる関口繁雄らの敗訴に確定したことによつて何ら消長をきたすものでないことも明らかである。

また控訴人は、控訴会社の清算人としては、すでに関口愛子が登記されており、関口繁雄の登記はないから、もはや同人に控訴会社の代表資格はない旨主張し、右登記関係の事実は、前記のように当事者間に争いのないところでもある。

しかし、もともと商法上の登記の効力は、会社の設立(商法第五七条)合併(同法第一〇二条)のように創設的効力を生ずるのは例外であつて、原則として、登記された事項の実体的権利関係の存在を前提とし、登記自体何ら実体的権利関係を創設するものではなく、ただ登記がなければ、当該登記事項を善意の第三者に対抗しえないと言ういわゆる確保的又は宣言的効力を有するにすぎず、(商法第一二条)したがつて本件の場合にこれをみれば、控訴会社の側から善意の第三者に対し、上記関口繁雄を自ら同会社の代表者たる清算人と主張することはできないけれども、上来説示のように右関口繁雄がいまだ控訴会社の代表者たる清算人の地位にある以上、第三者たる被控訴人の側から右関口繁雄を控訴会社の代表者と主張することは少しも差支えがない(明治四一年一〇月一二日、大審院判決民録一四輯九九九頁参照)ばかりか、本件の如く清算人選任決議の不存在、無効、ないし同取消の訴訟においては、たとえ上記のように登記簿上控訴会社の清算人であるとは言え、自ら右決議の効力を否定する被控訴人側の関口愛子をして控訴会社を代表せしめ、なれ合い的訴訟をさせるよりも、利害の相対立する右決議における被選任者の関口繁雄を控訴会社の代表者となし、同人をして訴訟を担当させる方がはるかに、弁論主義を基調とし、その上に実体的真実を求めようとする現行民事訴訟の目的にかなうものと言うべきである。

(三)  かようなわけで、右関口繁雄を控訴会社の代表者として提起された被控訴人の本件訴は、適法で、控訴人主張の如き訴訟要件の欠缺はないから、控訴人主張の本案前の抗弁は、これを容れるに由なきものと言わなければならない。

二、本案の請求について

そこで次に本案の請求について判断する。

(一)  控訴会社が昭和二年二月二六日設立された、資本金一、〇〇〇、〇〇〇円、一株の金額一〇〇円(各株の払込金は四〇円)、発行済株式の総数一〇、〇〇〇株の株式会社であり、被控訴人はその株主であること、(もつとも控訴人は、仮定的主張においては、関口伊三郎のみを株主であるとするが、被控訴人が株主なることは、控訴人において原審以来自白して来たところであり、右仮定的主張により自白を撤回したものとは解せられない。)。控訴会社は、昭和二四年一一月二八日解散し、清算人に関口伊三郎が就任したこと。被控訴人が関口リノらとともに控訴会社の代表者清算人関口伊三郎に対して、同人の解任およびその後任清算人の選任等の事項につき、控訴会社の株主総会の招集を請求し、昭和三二年七月七日午前一〇時、控訴会社本店に臨時株主総会が招集されたが、同日午前一一時頃から右本店内において、関口キクエ(関口伊三郎、関口久雄、関口昌三および井上房吉以上四名の代理人を兼ねる。)関口繁雄、関口誠太郎、関口清子、桂木三平および北村清吉の六名が控訴会社の臨時株主総会を開会すると称して集合した上、清算人関口伊三郎の辞任を承認し、関口繁雄をその後任清算人に選任する旨の決議をしたものとして、その旨の総会議事録を作成したことは、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  そこで次に本件決議の効力について判断するわけであるが、被控訴人の本件決議の不存在確認を求める第一次請求および本件決議の無効確認を求める第二次請求は、いずれも原審において請求を棄却され、被控訴人がこれに対して控訴をしていないことは、上記のとおりであるから、当審では専ら本件控訴の対象たる被控訴人の第三次請求すなわち本件決議取消請求の当否について検討するに、

(イ)  成立に争いのない甲第一、四号証、乙第三号証、原本の存在とその成立に争いのない甲第五号証の一、二、原審証人関口伊三郎、原審および当審証人関口愛子の各証言を総合すれば、もともと控訴会社は、亡関口伊太郎が、それまで個人で営業していた家業の精肉業を、税金の軽減を計り、併せて財産の散逸を防ぎ、同人死後の遺産争いをさける等の目的で設立したもので、設立当初の株主も同人およびその妻子らに限られていた所謂同族会社にして、初代の代表取締役であつた右伊太郎が昭和一四年に死亡した後は、その子の関口伊三郎が代表取締役となつて、前記のように、昭和二四年一一月二八日解散するまで前記営業を続けてきたものであるが、控訴会社は、上記の如き設立の趣旨と会社の性質から、その定款にも株式の移動につき「株式は取締役社長の承認がなければ他に譲渡することができず、これに反して株式の名義書替を請求する時は会社はこれを拒絶することができるし、株券の裏書による譲渡はこれを禁止する。」旨を規定し、また実際株券を発行する必要もなかつたところから、設立以来株券を発行したことはなく、ただ株主の住所氏名、払込金額、払込年月日およびその持株数のみを記載した簡素な帳簿による甲第一号証の株主名簿を作成し、亡関口伊太郎の生存中は同人が、その後は、その妻の関口リノにおいて、保管していたものであることを認めることができ、原本の存在とその成立に争いのない甲第六号証の二、乙第一一号証の二の各記載供述ならびに当審承認関口昌三、原審および当審における控訴会社代表者関口繁雄の各供述中右認定に抵触する部分は、前掲の各証拠に比照してたやすく信用することはできない。

もつとも乙第九号証、第一二号証の一ないし一五によると控訴会社取締役社長関口伊三郎発行名義にかかる昭和二一年五月三一日付の株券が現存し、当審における控訴会社代表者関口繁雄の供述によつてその成立が認められる乙第一三号証の一、二によれば、右株券は、昭和三二年七月初め頃に印刷されたものであることまでの事実は、これを窺い知ることができるけれども、前掲の甲第四号証、第五号証の一、二原審証人関口伊三郎、原審および当審証人関口愛子の各証言に弁論の全趣旨を併せ考えれば、そもそも右乙第九号証、第一二号証の一ないし一五の株券が適正な作成権限を有する者によつて作成されたものか、どうかすら極めて疑わしく、たやすくこれを肯定し難いし、まして右株券が記載の発行日時においてはもとより、本件決議がなされた昭和三二年七月七日当時においても、控訴会社の株券として、有効に発行されていたものとは、到底認め難いから、右乙第九号証、第一二号証の一ないし一五の存在は右認定の妨げとなるものではない。また乙第五号証の株主名簿には、関口伊三郎が亡関口信一から、また関口キクエら九名が関口伊三郎からそれぞれ控訴人主張のとおり株式の譲渡を受け、右伊三郎、キクエ、繁雄、誠太郎については控訴人主張の頃、その余の六名についてはいずれも昭和二五年五月五日に、それぞれ名義の書替がなされた旨の記載が見られ、当審証人関口昌三の供述によると、右乙第五号証は、控訴会社設立当初からの株主名簿である前掲甲第一号証が焼失したものと思い、右関口昌三が昭和二一年の財産税申告の際、関口伊三郎から聞いたところをもとに作成した大学ノートの記載を、昭和三二年に兄の関口繁雄らが転記したものであると言うことであるが、原審証人関口伊三郎は、株主名簿の類は見たこともないと証言し、当審における控訴会社代表者関口繁雄は、右乙第五号証は、関口伊三郎から聞いて作成したもので、その前身に大学ノートの株主名簿があつた覚えはない旨供述し、右各供述は、それぞれ相互に矛盾牴触していて、右乙第五号証が果して真正に作成された株主名簿と言えるか、どうかさえ極めて疑わしく、まして真正な株主名簿の甲第一号証には、控訴人主張の関口キクエら九名が関口伊太郎から控訴会社の株式を譲受けた株主である旨の記載などは、全くないことを思えば、右乙第五号証も到底右認定を動かすほどの証拠とはなし難いし、他に右認定を左右するに足る証拠もない。

(ロ)  ところが、株券の発行前にした株式の譲渡が会社に対して何らの効力も生じないことは、商法の明定するところである(商法第二〇四条第二項)から、たとえば控訴人主張のような、亡関口信一と関口伊三郎、同人と関口キクエら九名間の各株式の譲渡があつたとしても、控訴会社が株券を発行していなかつたこと前認定の如くである以上、控訴人主張の右各株式の譲渡は、控訴会社に対する関係においては、いずれもこれを無効とするほかなく、(昭和三三年一〇月二四日最高裁判決、民集一二巻一四号三一九四頁参照。)したがつて、関口伊三郎が亡関口信一の持株を取得し、また関口キクエら九名が控訴会社の株主の地位を取得するいわれは全くないものと言わざるをえない。

もつとも会社成立後、通常株券を発行し得る合理的期間経過後になされた株式の譲渡は、会社もその効力を否認し得ず、これを有効と解すべき旨の有力な見解もあるが、会社、株主間の権利関係の明確かつ画一的処理による法的安定性を重視する立場に立てば、右見解にはにわかに左たんすることができず、右のような場合でも、やはり株券の発行前における株式の譲渡は、会社に対して何らの効力をも生じないものと解するを相当とする(前掲最高裁判決参照)から、控訴人主張の上記株式の譲渡を有効とすることはできない。

なお控訴人は、控訴人主張の株式の各譲渡は、株券の発行を停止条件としたものであるから、後日適法に株券が発行された以上右各譲渡は有効である旨主張するけれども、右の如き株式の譲渡を認める限り、それが停止条件付ではあるにせよ、株券の発行前に株式は転々と譲渡され、その結果、その取得者と会社との間に、株式の権利関係を巡つて紛争の生起する場合のあることに思いを致せば、前説示の如き会社、株主間の株式を巡る法律関係の安定性を重視する立場から、控訴人主張の如き停止条件付株式の譲渡もまた、会社に対しては、やはりこれを無効のものと解するのを相当とする(昭和二四年一〇月一五日東京高裁判決、高裁民集二巻二号二〇一頁)のみならず、本件においては、控訴会社が株券を発行していなかつたことも、さきに認定のとおりであるから、いずれにしても控訴人の右主張もまた、これを容認し難いものと言わなければならない。

(ハ)  果してそうだとすれば、控訴人が、本件総会当時控訴会社の株主だつたと主張する関口キクエら一〇名のうち関口伊三郎を除く九名は、その株主であつたものと言うことができないのであるから、本件決議に関与した株主は、関口伊三郎ただ一人、その持株数は、同人の原始株二、〇〇〇株と亡関口伊太郎からの相続株二、五〇〇株(この点は当事者間に争いがない。)合計四、五〇〇株で、これを控訴会社の株主に非ざる関口キクエに、代理行使させたものとみなければならないが、前掲乙第三号証によれば、控訴会社の定款第二一条には「株主は代理人をもつて議決権を行使することを得、但し代理人は当会社の株主に限るものとす。」との規定があるところ、このような定款の効力については、説が分れ、控訴人主張の如く、これを無効と解する有力な見解もあるが、株主総会が、株主以外の第三者により攪乱されるのを防止し、会社の内部秩序を維持する上から、この程度の制限はやむを得ないものと言うべく、あえて商法第二三九条第三項の規定に違反し、無効となすにも当らないものと解する(昭和三〇年九月一四日名古屋高裁決定下民集六巻九号二〇一二頁参照)のを相当とするから、右の如く控訴会社の株主でない関口キクエを代理人としてなした関口伊三郎の本件議決権の行使は、明らかに右定款の規定に違反するものと言わなければならない。

(ニ)  ところがさらに控訴人は、控訴会社の株式は、控訴人主張の如き理由で、全て関口伊三郎の実株であり、その余の株主はいずれも所謂名義上の株主にすぎず、控訴会社は実質上関口伊三郎の一人会社であるから、本件決議は右伊三郎一人の決議として有効と言うべく、この場合議決権の代理行使の点は問題にならない旨主張するので、この点について検討するに、そもそも所謂名義上の株主という者にも、その者に無断で名義を用いている場合と、その者の了解を得て名義を借用している場合があり、株式会社組織についての権利関係の明確、画一をはかり、法的安定を期する要請からすれば、右後者の場合には名義の被借用者を株主と認めるのを相当と解すべく、そしてこのような場合、名義上の株主すなわち本件で言えば、右伊三郎を除くその余の株主が果して前、後者その何れに属するものであるかについては、名義上の株主は株主でないと主張する者すなわち控訴人において、これを主張し、立証するを要するものと解せられるところ、控訴人は、この点について何ら明確な主張、立証をしていないので、控訴人の右主張は、これを容れるに由なきものと言わざるを得ないが、仮に、いまこの点はしばらく措き、控訴人主張の如く控訴会社が右伊三郎の一人会社であるとしても、昭和三二年七月七日午前一〇時に招集された本件株主総会に、右伊三郎は出席せず、関口キクエを代理人とし、株主として議決権を行使したものであることについては、当事者間に争いのないこと上記のとおりである以上、控訴人主張のように、本件総会における本件決議が有効であるとするためには、たとえそれが右伊三郎一人の意思決定であるにせよ、やはり関口キクエによる議決権の代理行使を前提とせざるをえないものと言うべく、そうである限り、右議決権の行使に前記認定の如き定款違反のかしが存在することは明らかであるから、控訴人の右主張もまた理由がない。

三、してみれば、本件決議は、控訴会社の株主でない者および控訴会社の定款の規定上代理人として株主の議決権を行使する資格のない者によつてなされたものであり、このような決議は、その方法が法令または定款に違反するものであることは明らかであるから、右の如き本件決議の取消を求める被控訴人の本訴第三次請求は、その余の判断におよぶまでもなく、理由があり、したがつてまたこれを認容した原判決は相当と言わなければならない。

四、よつて、本件控訴は、民事訴訟法第三八四条にしたがつてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宅間達彦 裁判官 増田幸次郎 裁判官 島崎三郎)

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